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しほんたいへいき
私本太平記(三)
吉川 英治
Read 私本太平記(三) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 222,108 characters · 446 screens
……で、やはりみ妃かな? と思っているうち、供奉の駒を曳いた公卿、輿を舁いた雑色風の者などが二十数人、まぼろしか、影絵のように、どろどろと過ぎて、二条大路を北の方へたちまち消えた。
いうまでもなく、これは天皇後醍醐の御車だった。――敵を計るには味方を計れと、衛門の兵にすらも覚られぬように、動座のご一歩を、まずはつつがなく踏み出されたものである。
天皇は、み車の内で、女房衣を打ち被いて、俯っ伏しておられた。――急に、簾を吹く風は、加茂川の冷たい湿りをもち、ハタハタと鳴って、ひとしおお胸のときめきを打った。
「ああ、これでついに、籠のごとき大内裏から世間という大空へ翔け出たのだ。ふたたび、宮門へ還る日には、もはや内裏を、幕府に都合のよい古苑と古池にはしておらぬぞ。……この尊治(ご自身の名)が、かく大空の下に出て世の大気を吸ったからには」
車の輪は、車上の君の誓いを知って、その運命の道へひたぶる目ざすように、がらがらと揺れ急いだ。
けれどそれも、じつに儚い間でしかなかった。
「しまった。はや通れぬ」
「加茂の彼方、粟田、蹴上を境に、柵が見える。おそらく六波羅の一陣か」