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しほんたいへいき
私本太平記(三)
吉川 英治
Read 私本太平記(三) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 222,108 characters · 446 screens
「右馬介。そのこと、人にはゆめいうなよ」
「なんで、殿以外に」
「よしっ。なお、あさってのお道筋、摂津、兵庫の泊り泊りへも眼をくばって、異状を見たら、すぐ暗文にて、早馬を打て」
「こころえました。では、あわただしゅうございますが、ほかならぬ日、すぐお別れを」
「おお行け」
しかし、高氏はふと、彼の背へ、何かもいちど呼びかけそうにした。右馬介に訊けば、なんであの藤夜叉が、無断で一色村を出てきたか、くわしく仔細も分ろうにと、ふと迷ったからだった。
ところが、その時、伝令の大声が、三ノ橋からここの床几へ触れ渡していた。
「お目付の巡回です。軍監の佐々木殿が通られます……」
道誉の巡視隊は、れいの黄母衣組十二騎以下、歩兵五十人ほどをつれていた。
獄帝の島送りも目前なので、万一をおもい、軍監として一巡、諸所のまもりを見廻って来たものだろう。鳥羽、伏見をへて、いま大和街道口の三ノ橋までかかって来ると、
「オ。足利殿の持ち場だな」
呟いて、彼は道の真ん中でヒラと駒からとび降りた。
と、床几場から高氏の影が、大股に歩みよっていた。相互は、折目ただしい陣中の礼で対し合った。――あれ以後、小右京のいきさつは、どっちからもまだ、その蟠りを口にして解く機会もなくつい過ぎている。