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しほんたいへいき
私本太平記(三)
吉川 英治
Read 私本太平記(三) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 222,108 characters · 446 screens
雀も濡れて、濡れ雀の姿だった。
「これで拭け」
兼好が布を出してやる。命松はそれでぐるぐる顔じゅうを拭き廻した。もとより大して変りばえもない。舟の男女はまた笑う。
おかげで渡舟はすぐ着いた感じだ。印南の春は、麦の青、菜の花の黄、まっ平らな沃野だが、すぐそこが宿場だし、さらに西にも川が望まれる。往時の加古川は、いく筋にも岐かれ、いずれがその称ぶところの加古川の本流なのか。
とまれ、後醍醐がお泊りの宿所は捜すまでもなかった。宿場一の大きな建物だ。杉林にかこまれた古い領家屋敷といった風。
「ああよかった」
そこまで来て、兼好はほっとした。あちこちに軍馬が見える。幕営がある。まだ帝の駕がお立ちになっていない証拠だ。もし早や先へ御出発のあとだったら、おあとを追っても、宗良の宮のお頼みを果たさねばならぬと考えていたのだが、まずは……と、おちつきをえたのだった。
「命松」
「はい」
「おまえな、あそこの杉林の横に見える木戸へ行って、番の兵に、訊いて来てくれい」
「何とですか」
「佐々木道誉どのがおいである御宿所は、どちらの木戸でございましょうかと。どうも諸所に木戸があるので見当がつかぬ」