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しほんたいへいき
私本太平記(三)
吉川 英治
Read 私本太平記(三) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 222,108 characters · 446 screens
彼女は、彼をのこして、やがて元の古御堂の一房へ、音もなく消えた。
その、夜ノ御殿のあたりから、仮の御息所の部屋部屋には、廉子の枕や、権大納言ノ局の黒髪も、それぞれ、みじかい仮寝を磯風の屋の下にひそめていたが、まもなく暁の鳥の音に、はや人々は醒まされていた。
すでに、陽も昇る。
「海づらは、めずらしい凪ぎです。ご渡海には上々な日。島におわせられても、朝夕、み気色うるわしく、お過ごしあらせられますように」
おしたくもすんだと見ると。
道誉は、さっそくに、出でましを触れ出して、行宮の庭から、さいごのお別れを言上していた。
帝以下、お徒歩で、磯の船泊りへ向われた。そしていよいよ御船へ移ったが、ここに一つの挿話がある。
あわれな、その一挿話というのは、こうである。
後醍醐のあまたな御子のうちに、瓊子内親王という姫ぎみがあった。おん母は藤原為子。
かの土佐に流された一ノ宮尊良や、讃岐へ流された宗良も、ひとつおん母であるから、二皇子のじつの御妹にあたるわけで、その年、十六歳であったという。
「島とやらへ、わが身も、行きたい。島へ行きたい」
おん母の為子は、とうに世に亡いお人であったから、姫は孤独にたえなかった。