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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

Read 私本太平記(三) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 222,108 characters · 446 screens

Aozora Bunko

「なんです、母上」

声を知って、すぐ庭に見えたのは、多聞丸で、

「爺ならいま呼んで来てあげる」

と、すぐ裏山の方へまた駈け去った。

どこにいても、多聞丸だけは、居る所にひとり楽しんでいる。その姿は久子の救いでもあったし、今日までは、いつも涙をせぐられる一つであった。

彼女は、爺の左近や南江正忠などに、消息を告げ、晩には、卯木と元成の夫妻へも、それを示して、

「おかげでした」

と、これまでの庇護をふかく謝した。何といっても、故郷に帰れる、良人にも会える、そうした女心は、つつみきれない。

「けれど、どうして、いちど幕軍の手に落ちた赤坂城が?」

と、元成には、俄に信じられない容子もあった。

それは久子に付いている爺や南江正忠なども同様に、多少な疑いを覚えていたが、やがてそれから数日後、楠木正季の一隊が、彼女たち眷属を、これへ迎えに来た日となって、

「やはり真だったか」

と、一切は解けていた。

正季の話によると。

鎌倉方の湯浅定仏は、赤坂の焼け城を修築して、そのあとに入り、それもほぼ竣工したので、先ごろらい、しきりに兵糧を運び入れていた。

この情報をえた正成は、どこからか姿を郷里にあらわして、近郷にひそむ残党を糾合し、弟の正季に一計をさずけ、