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しほんたいへいき
私本太平記(三)
吉川 英治
Read 私本太平記(三) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 222,108 characters · 446 screens
と、拝をしない者はない。
都でも、彼の評判は一般に好感をもたれているが、近江ではわけて「よい国主」と親しまれているふうだ。ほかの守護のような苛税を徴する風もなく、治水がすすんでいるせいか、湖畔の青田は見わたすかぎり生き生きとよく肥えている。
やがて、安食の街道茶屋が見えて来たときである。家来のひとりが道誉のそばでささやいた。
「花夜叉が彼方でお迎えに見えておりまする」
「花夜叉?」
道誉もすぐ見つけたらしい。
列をとめさせて、自分も茶屋の前で馬を降りた。ちょうど割子(弁当)をつかう時刻である。並木の蔭に、輿はおろされ、輿の内へも中食が供された。
今朝来、具行の顔いろは明るかった。ゆうべ夜ッぴて、道誉と語りあったことから、絶望の底にあった彼のひとみも生き生きと一変していた。俄然、生への執着と、希望に燃え出したらしい容子は、割子を解いて、いつになく、むさぼるように喰べている食欲にもそれは窺われる。
その間。
大勢の人馬が、それぞれ、腹をみたして休んでいる間を――道誉は茶店の裏で、花夜叉と、会っていた。
田楽村の長、花夜叉だ。
いうまでもなく、この男は、藤夜叉の養父であり、そしてこの附近の、不知哉川の上流の一村に扶持をいただいている佐々木家お抱えの田楽師である。