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ひだのかいだん
飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選
岡本 綺堂
Read 飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選 (ひだのかいだん) by 岡本 綺堂 (おかもときどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 130,271 characters · 263 screens
ような、胸の切ないような、云うに云われぬ嫌な気持になって、思わず半身を起そうとする折こそあれ、闇い、闇い、真闇な斯の一室が俄にぱっと薄明るくなって恰も朧月夜のよう、扨はいよいよ来たりと身構えして眼を瞠る間もなく、室の隅から忽ち彼の貴婦人の姿が迷うが如くに現われた。ハッと思う中に、貴婦人は昨夜の如く、長い裾を曳いてするすると窓の口へ立寄って、両肱を張って少し屈むかと見えたが、何でも全身の力を両腕に籠めて、或物を窓の外へ推出し突出すような身のこなし、それが済むと忽ち身を捻向けて私の顔をジロリ、睨まれたが最期、私はおぼえず悚然として最初の勇気も何処へやら、ただ俯向いて呼吸を呑んでいると、貴婦人は冷かに笑って又彼方へ向直るかと思う間もなく、室内は再び闇くなって其の姿も消え失せた、夢でない、幻影でない、今夜という今夜は確に其の実地を見届けたのだ、あれが俗にいう魔とか幽霊とか云うものであろう。
もうこの上は我慢も遠慮もない、その翌朝例の如く食事を初めた時に、私は番人夫婦に向って、「お前さん達は長年この別荘に雇われていなさるのかね」と、何気なく尋ねると、夫の方は白髪頭を撫でて、「はい、私しは当年五十七になりますが、丁度四十一の年からここに雇われて居ります」