Japanische Klassiker mit Furigana
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ふたばていよだん
新編 思い出す人々
内田 魯庵
Lesen Sie 新編 思い出す人々 (ふたばていよだん) von 内田 魯庵 (うちだろあん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 215.401 Zeichen · 427 Bildschirme
というは多分自分自身を主人公としたのであろうが、如何にも多恨多感な詩人らしい生活を描いたものだ。男の我々が見ると堪らなくキザで鼻持がならないもんだが、当時の若い女をゾクゾクさした作で、キザな厭味な文句を文学少女は皆暗誦していたもんだ。
が、美妙斎の全盛は裸蝴蝶時代が絶頂で、それから以後は次第に下り坂となった。『都之花』に載った「花車」は人気のお庇で多少読まれたが、具眼者の間には愚作と認められていた。最も苦辛した労作と自からも称していた「いちご姫」は昔しの物語の焼直し染みて根ッから面白くなかった。一時は好奇心を牽いた「おじゃる」詞も徐々鼻に附いて飽かれ出した。これに反して一方妙なイキサツから美妙と睨み合いになった紅葉はメキメキ売出して硯友社の勢力が漸次に文壇を席巻し、何時とはなしに美妙に取って代って人気を蚕食してしまった。文壇の寿命が如何に短かいにしても美妙の人気は余りに飽気なくて線香花火のようであった。だが、その短かい間の人気は後の紅葉よりも樗牛よりも独歩よりも漱石よりも、あるいは今の倉田よりも武者よりも花々しかった。美妙がもし裸蝴蝶時代に早世したなら必ず一代の大天才なるかのように天下を挙げて痛惜哀悼を惜まなかったろう。