Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

ja-reading.com

Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.

まきのとみたろうじじょでん

牧野富太郎自叙伝

牧野 富太郎

Lesen Sie 牧野富太郎自叙伝 (まきのとみたろうじじょでん) von 牧野 富太郎 (まきのとみたろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 94.045 Zeichen · 185 Bildschirme

Aozora Bunko

私の健康法

〔一〕特に健康法として日常実行しつつある何等かありや否

自分は平素上のように考えているので、たとい年は取ってもなるべく仕事の出来る期間の長からん事を祈っている。そして前の伊藤先生の場合を回想すると先生の長寿はこの上も無く芽出度いが、その疾く放棄せられた研究心はその長寿に比べては一向に御芽出度く無い。故に学者としての先生は決して九十九歳では無く、それよりはずっと短くおよそ六十歳位の生命であったと断ずべきだ。自分は無論先生の比類稀れな長寿を祝する事には異存は無いが、しかし一面早くも研鑽心を忘れた先生を弔する事にも敢て臆病では無いのだ。

私の健康法

昭和二十二年十一月一日、東京の中村舜二氏という方から『高齢一百人』と題する書物を用意するために、条項書きで左の回答を求められたので、すなわち筆を馳せて同十二月にその返答を書き綴り同氏へ送ったものが左の通りであった。そして右同氏の書面には「老生事多少たりとも文献報国の微忱不禁此度び現代各階級より御高齢の諸名士一百人を厳選仕りその各位より健康長寿に干する御感想を伺いそれを取り纏めて一本として最も近き将来に出版仕度存候」とあった。

〔一〕特に健康法として日常実行しつつある何等かありや否