Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

げんだいやくろんご

現代訳論語

下村 湖人

Lisez 現代訳論語 (げんだいやくろんご) de 下村 湖人 (しもむらこじん) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 127 327 caractères · 256 écrans

Aozora Bunko

二二(六二)

やってしまったことは、諌めても仕方がない。過ぎてしまったことは、とがめても仕方がない。」

○ 哀公==魯の国君。

○ 宰我==孔子の門人。姓は宰(さい)、名は予(よ)、字は子我(しが)。辯舌に長じ、しばしば言い過ぎるきらいがあつた。

○ 社==土地の神。

○ 松・柏・栗==ここでは音読しないと、「戦慄」という言葉にひびかない。原文には「戦慄」は「戦栗」となつている。

○ 本章の孔子の言葉は、宰我が「栗」を「戦慄」にひつかけて、恐怖政治を示唆するような、よけいなことをいつたのを遺憾に思いながら、一旦いつてしまつたことは仕方がない、とあきらめた意味である。しかし、同時に、周代に栗を植えた目的は宰我のいう通りであるが、それはもう過ぎたことで、今更とやかくいつても仕方がない、という意味がその奥にあるのである。

二二(六二)

先師がいわれた。――

「管仲は人物が小さい。」

するとある人がたずねた。――

「管仲の人物が小さいと仰しゃるのは、つましい人だからでしょうか。」

先師がいわれた。――

「つましい? そんなことはない。管仲は三帰台というぜいたくな高台を作り、また、家臣を多勢使って、決して兼任をさせなかったぐらいだ。