Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

げんだいやくろんご

現代訳論語

下村 湖人

Lisez 現代訳論語 (げんだいやくろんご) de 下村 湖人 (しもむらこじん) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 127 327 caractères · 256 écrans

Aozora Bunko

一三(四八四)

一四(四八五)

たとえば草木を育てるようなもので、その種類に応じて、取りあつかいがちがっていなければならないのだ。君子が人を導くのに、無理があっていいものだろうか。道の本末がすべて身についているのは、ただ聖人だけで、一般の人々には、その末になることさえまだ身についていないのだから、むしろそういうことから手をつけるのが順序ではあるまいか。」

○ 言游==子游。

○ 原文の「君子之道」の意義については「君子のふむべき道」と解するのと、「君子が人を導く方法」と解するのと二説がある。私は後者に従つた。前者に従つても、意味が全然通らないことはないが、無理があるように思う。

一三(四八四)

子夏がいった。――

「仕えて餘力があったら学問にはげむがいい。学問をして餘力があったら、出でて仕えるがいい。」

○ この語は前段と後段との順序が逆になつているのではないか、という説がある。なるほど、それがわれわれの常識に合致する。

一四(四八五)

子游がいった。――

「喪にあたっては、哀悼の至情をつくせばそれでいいので、形式をかざる必要はない。」

一五(四八六)

子游がいった。――

「友人の張は、困難なことをやりとげる男ではあるが、まだ仁者だとはいえない。