Classici giapponesi con furigana
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たまものまえ
玉藻の前
岡本 綺堂
Leggi 玉藻の前 (たまものまえ) di 岡本 綺堂 (おかもときどう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 130.703 caratteri · 261 schermate
阿闍梨は試みに二つ三つの問いを出してみると、彼女は一いち淀みなしに答えた。さらに奥深く問い進んでゆくと、彼女の答えはいよいよ鮮かになった。いかに執心といっても所詮は女子である。殊に見るところが年も若い。自分たちが五十六十になるまでの苦しい修業を積んで、ようようにこのごろ会得した教理をいつの間にどうして易やすと覚ったのか。阿闍梨は彼女を菩薩の再来ではないかとまでに驚き怪しんだ。世にはこうした女子もある。今までいちずに女人を卑しみ、憎み、嫌っていたのは、自分の狭い眼であったことを、阿闍梨はきょうという今日つくづく覚って、おもわず長い溜息をついた。
「さるにてもお身、何人に就いてこれほどの修業を積まれしぞ」
玉藻は幼いころから父に教えられて経文を読み習った。それから清水寺の或る僧に就いて少しばかりは学んだ。そのほかには、別にこうという修業を積んだこともなくてお恥ずかしいと言った。
「わたくしのような修業のあさい者にも、ひじりの教えをうけたまわることがなりましょうか」
「なる、なる」と、阿闍梨は幾たびかうなずいた。「たとい女人ともあれ、お身ほどの御仁なら我ら求めても法を説き聞かせたい。