Classici giapponesi con furigana
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たまものまえ
玉藻の前
岡本 綺堂
Leggi 玉藻の前 (たまものまえ) di 岡本 綺堂 (おかもときどう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 130.703 caratteri · 261 schermate
「法性寺の阿闍梨も気が狂うたそうな」
阿闍梨もという言葉に深い意味が含まれているらしく聞こえたので、千枝太郎は又ぞっとして師匠の顔をみあげると、泰親はさらに説明した。
「思うても怖ろしいことじゃ。お身が河原で玉藻にめぐり逢うたのは、彼女が法性寺詣での戻り路であった。左少弁兼輔の案内で、阿闍梨は玉藻に面会せられた。それから後は何とやらん様子が変わって、よそ目には物に憑かれたとも、物に狂うたとも見ゆるとやら。余人はその子細を覚らいで、ただただ不思議のことのように驚き怪しんでいるが、泰親の観るところでは、これもかの悪魔のなす業じゃ。まず日本の仏法を亡ぼさんがために碩学高徳の聖僧の魂に食い入って、その道念を掻き乱そうと企てたのであろう。それを知らいで、うかうかとかれの手引きをした左少弁殿も、その行く末はどうあろうのう」
さきの日、河原で出逢った若い公家が左少弁兼輔であることを、千枝太郎は初めて知った。その当時、彼は一種の妬みの眼を以ってその人を見ていたのであるが、今となっては、彼は憫れみの眼を以ってその人を見なければならないようになった。
「しかし、恐るるには及ばぬ。