Classici giapponesi con furigana
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げんだいやくろんご
現代訳論語
下村 湖人
Leggi 現代訳論語 (げんだいやくろんご) di 下村 湖人 (しもむらこじん) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 127.327 caratteri · 256 schermate
三(二八一)
自分が人にされたくないことを、人に対して行ってはならない。もしそれだけのことが出来たら、国に仕えても、家にあっても、平和を楽しむことが出来るだろう。
仲弓がいった。――
「まことにいたらぬ者でございますが、お示しのことを一生の守りにいたしたいと存じます。」
○ 「己の欲せざる所人に施すこと勿れ」――論語といえば、すぐこの言葉を思い出すほど、この言葉は有名である。(一〇三章參照)
三(二八一)
司馬牛が仁についてたずねた。先師はこたえられた。――
「仁者というものは、言いたいことがあっても、容易に口をひらかないものだ。」
司馬牛が更にたずねた。――
「容易に口をひらかない、――それだけのことが仁というものでございましょうか。」
すると先師はいわれた。――
「仁者は実践のむずかしさをよく知っている。だから、言葉をつつしまないではいられないのだ。」
○ 司馬牛==孔子の門人、名は犂(り)、又は耕(こう)。宋の人
○ 司馬牛は多辯の人であつた。孔子の答は謂ゆる人を見て法を説いたのである。前の顔渕に対する答、仲弓に対する答、すべてそうでないものはない。
四(二八二)
司馬牛が君子についてたずねた。