후리가나로 읽는 일본 고전
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せかいのいっかんとしてのにほん
世界の一環としての日本
戸坂 潤
戸坂 潤의 世界の一環としての日本(せかいのいっかんとしてのにほん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 215,338자 · 422화면
科学・道徳・文学・其の他と大衆との関係は、この文化理論にとって宿命的なものだ。文学で云えば、マルクス主義は大衆の手による大衆のための大衆の要求を盛った文学を求める。この点誰知らぬ者もない筈だ。
だがわが国の実情問題として見る時、この大衆はどういうものであるか。元来大衆は単に多数の群衆ということではない。それが少なくとも政治上の独自性乃至自主性を有つのでなければ、文化問題に於て役割を果す大衆や民衆とは云えない。それはすでにのべた。文化上の問題も亦万事、こうした民衆を想定又は予想することから始まるのである。そしてこの事情は日本に就いても少しも変るべきものではない。日本の文学に於ける民衆性・大衆性・の問題も亦、こうした政治的な自主独立性を有つべき民衆をば想定することに立脚せざるを得ない。
処が日本ではその所謂封建的な残存がその資本主義自身の制約となっているので、ブルジョア・デモクラシーは遂に今日に至るまで正常な形の発達を遂げることが出来なかった。つまり日本では、資本主義下に於て正常であるべき民衆がまだないのである。而も政治的な自主独立性を持った民衆と云えば、すでにブルジョア・デモクラシー発生以後の大衆以外にはないのだから、つまり日本では、文学(一般的に文化)の大衆性・民衆性・の問題が想定する民衆が、お誂えむき