후리가나로 읽는 일본 고전
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せかいのいっかんとしてのにほん
世界の一環としての日本
戸坂 潤
戸坂 潤의 世界の一環としての日本(せかいのいっかんとしてのにほん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 215,338자 · 422화면
には存在していないということになるのである。
でもし今日、民衆という観念を充分の反省なしにかつぎまわると、それはブルジョア・デモクラシーというものの実現を抜きにして一足飛びに何かの大衆を考えるということにならざるを得ない。なる程いつの世でも人民達は多数に存在している。それは如何なるアブソリュティズムの下に於ても存在するものだ。併し例えばそういうアブソリュティスティックな事情に於ける民衆を以て、今日の文学の民衆性の拠り処とするなら、夫は今日文化の民衆性や一般に民衆性が問題になる所以に、全く相応しないことだ。――日本に於ては民衆の自主独立性が、今日根本問題になっているのだ。夫が一般に民衆性の、又文化や文学の民衆性の、問題の唯一の意味なのだ。この要点をはずして、何等の民衆性も何等の文化の民衆性もあり得ない筈だ。もしあると考えられるなら、その観念は、今日の日本の問題として提出されるものとしてはインチキたるを免れない。
吾々は考えて見なければならぬ。ファッショ的独裁者と云われるムッソリーニやヒトラーさえ、民衆との日常の連関に於ては表面上極めて民衆的なのである。