일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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せかいのいっかんとしてのにほん

世界の一環としての日本

戸坂 潤

戸坂 潤의 世界の一環としての日本(せかいのいっかんとしてのにほん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 215,338자 · 422화면

아오조라 문고

さてなぜ私はこういう区別を持ち出したか。ドイツ式な文化の観念と、之とは一応別に他の諸国で国際的な用語として用いられているそれとの間の区別、之を指摘して何を云おうとするのであるか。他ならぬ「文化」の祖国であるドイツに於て所謂文化の蹂躙と吾々が呼ぶ処の現象が続々として起こりつつあるからである。

イタリアのファシズムの場合でもそうだが、ファシズム・イデオロギーの特色の一つが、何より文化呼ばわりを好むという点にあることは、見逃されてならぬ点だ。この点ドイツでも別ではない(日本でも段々そうなりつつある)。イタリアは自分の文化の淵源をローマに求める。もう少し文化史的なリアリティーに恵まれているドイツでは、之をゲルマン文化に求めるのである。之を更に一般化せばアーリア文化の宣揚となりユダヤ人文化の排撃ともなるわけだ。而もこの文化強調主義が、科学や批判力という広義の本来的な文化要素の強調なのではなくて、却って之と相当の程度に牴触せざるを得ない「道徳」の強調に帰していることが、重大特色である。ファシストの文化呼ばわりは端的にいうと道徳呼ばわりだったのだ。文化から科学性や批判性を引き去って、道徳上善いか悪いかばかりで物ごとを決めるやり方に持って行くことが、ファッショ・イデオロギーに特有なイデオロギー性乃至デマゴギー性質なの