후리가나로 읽는 일본 고전
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せかいのいっかんとしてのにほん
世界の一環としての日本
戸坂 潤
戸坂 潤의 世界の一環としての日本(せかいのいっかんとしてのにほん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 215,338자 · 422화면
之で見ると、つまり主観的な放送はいけないのだということに聞えるだろう。だがそうは云っても、例えば或る人に講演を依頼すればその人はその人なりの主観的な意見を吐く他はない。ラジオ・ニュースに於ても、本当に純然たる客観性や中立性・普遍的通用や関心・というのはどういうことか、忽ち疑問にならざるを得ないのだが、まして講演や講義になればこの点甚だ面目薄弱となるのである。
尤もラジオ放送者は予め放送局の検閲を受けた内容だけを放送するらしいから、そこで主観的な要素は振るい落されるのだと云うかも知れないが、そうならば之は決して客観的になったり中立的になったりすることではなくて、そうやって得たものが普遍的通用や一般的関心ならば、ラジオの講演や講義は、いつも生気のない遠慮でいじけたものであらざるを得ない。実際また少し突き込んで聴きたいと思うものに限って、いじけた放送なのである。併しなぜ、何に遠慮してそんなにいじけるか、又いじけさせるか、と云えばそれは取りも直さず放送協会と放送局に君臨する言論統制の権威のおかげであることは云うまでもない。処で言論統制というものは独りでに成立するものでなくて、いつも統制の主体が、統制の主観があって、その意志発動として成立するのである。