후리가나로 읽는 일본 고전
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ぶっきょうじんせいとくほん
仏教人生読本
岡本 かの子
岡本 かの子의 仏教人生読本(ぶっきょうじんせいとくほん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 124,886자 · 246화면
そこで、この偉大な大善的働きの源をどうして発見し、自覚するかという問題になりますが、ここに維摩独特の「不二法門」(道を求むる、二つとない肝心な体得の方法という事)というのが提唱されます。経にここのところをこう書いてあります。
ここにおいて文殊師利、維摩詰に問う。我ら各自説き自れり。仁者、まさに説くべし。何等をかこれ菩薩、入不二法門という。時に、維摩、黙然言なし。文殊師利嘆じて曰く善哉善哉。これ真の入不二法門。
これでもってみると維摩は言葉でもって説明せずにその生命的活力の源を発するのは理屈や説明ではすでに廻り遠い。無念、無想、無我の心で自照し出す。これこそ心の当体だぞと実地のやり方で体験的に示したのであります。そこで文殊は感心して「善き哉」と讃めたのであります。支那の昔の人もこれを維摩の一黙雷のごとしなどと讃めております。
大生命の活きた力の取り出し方は、維摩に在ってはこうでありますが、他の人々に在っては思索するなり、仏を念ずるなり、題目を唱うるなり、坐禅なりいろいろありましょう。必ずしも維摩流に限ったことでもありません。
以上つい、うかうかと維摩の話をしてしまいましたが、肝心の話は私たちがもし病苦に攻められたとき、どう自分で慰めたらいいかという問題であります。