후리가나로 읽는 일본 고전
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ぶっきょうじんせいとくほん
仏教人生読本
岡本 かの子
岡本 かの子의 仏教人生読本(ぶっきょうじんせいとくほん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 124,886자 · 246화면
そこで、さとったところを「一生参学の大事畢れり」(生涯の修業の大目的が達せられたということ)とか、「桶底打破」(迷いの桶の底を抜くということ)とか言って、ひとまず人生の疑問が片付いた形容をいたします。
ところが、このさとりについてはいろいろと議論があります。さとりは、その人の生涯に一度あるだけだとするのと、度々あるものだとするのと、それから、さとりは不必要だとするのとであります。
一度あるだけだとする側の主張は、兎に角今まで私たち有限的な個人の建前で生きて来たものを、無限的な存在の現れとして改めて自覚し直すのだから、人生の歩みとして全然方向転換である。廻れ右ほどにも方向を変えたのだ。だから真のさとりは、一度だけだというのであります。日本曹洞禅の開祖道元禅師が支那の天童山に修業しておられたとき、師僧の如浄禅師が、「参禅は身心脱落なり」(禅の修業の目的は精神肉体の捉われから解き放たれることだとの意)と言われた言葉を聞いて、さとられたのを、たった一度の大悟と言って、よく例に引いて来ます。
さとりは度々あるものとする側の主張は、元来人間の有限的な認識の力が無限的なものを認識して行くのだから一度で済むはずはない。