일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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せかいのいっかんとしてのにほん

世界の一環としての日本

戸坂 潤

戸坂 潤의 世界の一環としての日本(せかいのいっかんとしてのにほん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 215,338자 · 422화면

아오조라 문고

実は大衆とは即ち民衆だったのだ。日本の民衆を措いて日本の大衆はない。と云うのは、大衆は、少数の組織された意識ある労働者、などに限らなかったのである。進歩的な大衆とか反動的大衆とかいう区別も変だったのである。大衆の内に進歩的な分子と反動的な分子とがあり、その限界線が徐々に又は急速に反動分子の領分を狭めて行くというプロセスが、意識ある無産大衆の組織ということだったのだ。そうかと云って大衆は単に数の問題でもない、政治的勢力としての機能の問題なのである。その機能が被支配者としての民衆というものに現われるのだ。

そして又逆に、民衆とは即ち大衆である筈だ。日本の民衆は日本の大衆以外にはあり得ない。もし政治的勢力としての大衆でないようなものが民衆だというなら、夫は民衆を愚弄することこの上もないデマゴギーであると云わねばならぬ。夫は日本のこの自主性を欠いた今日の民衆に、瞬間よ止まれ、お前はあまりに美しい、と呼びかけることである。日本の「民衆」の名の下に、日本の「現実」を賛美するものが之である。

元来マルクス主義哲学は文化の大衆性について深く思いを致している。文化の階級性について省察を加える必要があるからである。