후리가나로 읽는 일본 고전
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せかいのいっかんとしてのにほん
世界の一環としての日本
戸坂 潤
戸坂 潤의 世界の一環としての日本(せかいのいっかんとしてのにほん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 215,338자 · 422화면
そこで私も亦この用語例を借りたこともあるが、併しよく考えて見ると、アカデミズムという言葉が第一に外国語として変であり、それから観念としても変なのである。ジャーナリズムという現象に対比されるべきものは、アカデミズムという変なものではなくて正にアカデミーそのものなのだ。もしジャーナリズムを一つの人間的態度の名として取れば、之に対比されるべきものはアカデミシャニズムとでも云うものである筈だ。アカデミズムという造語は一つの社会現象として理解するに欠ける処がある証拠なのだ。
ジャーナリズムを表現報道現象とすれば、古来社会機構の変化に沿うて、ジャーナリズムの社会科学的規定が与えられる。少なくとも資本主義化以前のものとそれ以後のものの、本質的な差別が重大視される、つまり表現報道が一種の資本主義的商品であるかないかでジャーナリズムの歴史的規定が変って来る。今日の資本主義社会で行なわれているものは勿論資本主義的ジャーナリズムだ。だが之だけがジャーナリズムではない。ジャーナリズムは古来から存在した社会現象だ。今日のジャーナリズムのブルジョア階級性に注目する余り、ジャーナリズムと云えばブルジョア社会のものだと考えるのはナンセンスだろう。