후리가나로 읽는 일본 고전
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せかいのいっかんとしてのにほん
世界の一環としての日本
戸坂 潤
戸坂 潤의 世界の一環としての日本(せかいのいっかんとしてのにほん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 215,338자 · 422화면
もっとも生活問題と云っても、単に食えるか食えないかではなくて、一定の自主的な思想発表活動をしながら食って行けるかどうかなのだ。
処でジャーナリストの生活形態には二つの極端なタイプがある。一つは今日の新聞記者(所謂「ジャーナリスト」)であり、もう一つは今日の「文士」である、昔の新聞記者は思想家に類する者が少なくなかったから今問題外だが、今日の新聞記者大衆のジャーナリストとしての状態は、殆んど全くジャーナリストとしての自由(言論の自由)をもっていない。それがこの種のジャーナリストの職業的宿命のように考えられている。幹部や特殊な記者は、一応別として、普通の記者はそうだ。これに反して、何と云っても一等自由なジャーナリストは(同人作家の見解とは異って)今日の文士なのである。文士はジャーナリストではないというような横槍は相手にしまい。筆で食っているものはジャーナリストでなくて何か。出版企業からの有言無言の注文はとに角として、とに角云いたいことが、或る限度まで云えるという自由は、新聞記者大衆には殆んどなくて、文士(特にブルジョア文士)には殆んど総ての場合に存する条件だ。