후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいてつがくこうわ
現代哲学講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면
処が材木という点から云えばこの机が平であるか無いかは偶然で、それが木であるか無いかが必然的なこととなる。机と材木とは無論同列に並んだ存在ではなくて、存在の二つの段階に相当している。偶然と必然とは平面的に区別されるのではなく立体的に区別される。必然は、偶然と単純に対立するのではなくて、寧ろ偶然の一部分・一面・本質として、之に対立する。或る框を設定すれば、この框は必然性の框であって、その内部では偶然性が支配する。この必然性の框はいくらでも小さく考えられて好いのであるが、併し、もはやそれ以上分割出来ないような、原子的に孤立した個々の単位と考えられてならない。夫は集団をつつむ処の框だと云っても好い。存在は云わば必然性の粒子の集合ではなくて、集団を包む必然性の框の層の堆積だと云って好い。この框の層を充すものが偶然的なものなのである。偶然的なものと必然的なものとは無媒介に固定した機械的・形而上学的・対立をなすのではない、偶然的なものは――理論の実践に於て――必然的なものにまで転化するのである。
所謂決定論は存在を、機械的な個々の場合々々の集合と想定するから、そういう集合を成り立たせると想像される一枚の種紙の上で、必然性と偶然性とがもはや動きが取れないように対立せしめられる。