후리가나로 읽는 일본 고전
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せかいのいっかんとしてのにほん
世界の一環としての日本
戸坂 潤
戸坂 潤의 世界の一環としての日本(せかいのいっかんとしてのにほん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 215,338자 · 422화면
人間学がハイデッガーの存在論からの殆んど直輸入であることは今日では明らかだが、併し三木に於てはそれだけのものではなかった。人間学の背後に三木特有な歴史哲学があったからである。そしてこの歴史哲学はもはやディルタイでさえないのであって、それが唯物論的(?)に改装された唯物史観であったのである。つまり、当時の三木のマルクス主義哲学なるものは、哲学ではなくて唯物史観に過ぎなかったのであり(だから自然弁証法は否定され続けた)、その唯物史観も実は唯物論ではなくて、正に歴史哲学だったわけだ。
三木哲学はマルクス主義に哲学的基礎を与えると称して、例の基礎経験(之はディルタイから借りた言葉である)というものを回る人間学を持ち出したが、それも実は歴史哲学の一つの亜種としてであったのである。三木哲学という近代的な歴史哲学が、初めからマルクス主義でなかったことは、今にして見ればあまりに判り切ったことだが、併し数年前までは、服部・秋沢(秋沢君は初めは三木哲学を擁護したものだ――私なども本当はそうだった)・永田の諸君の三木哲学批判も中々骨が折れたわけである。そこへ三木のシンパ事件が起きた。