후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代唯物論講話(げんだいゆいぶつろんこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 251,295자 · 490화면
博士は実践を結局道徳倫理に限定していると云ってもよい程の道徳主義者であるが、理論的認識に於ける理論的及び行動的実践の役割についてはあまり熱心ではないらしいので、認識論上に於ける実践の有つ意味の広さに就いての唯物論乃至弁証法の云い分を一向取り上げようとしないが、処が夫だけではなく博士は、認識論上マテリオ・イデアリストであるが故に存在理論の上に於ても亦、マテリオ・イデアリストでなければならぬと主張することになるのだ。博士は唯物論者ではなくて存在論者(唯物論と観念論との長を取り短を去ったもの)だというのである。――博士は存在を専ら認識からしか考えない。之は勿論田辺教授だけの特色ではないが。
田辺博士は唯物論(実は史的唯物論に他ならないが)に対して云っている、「私は唯物論を以て、絶対媒介の論理の立場から観て、恰も唯心論の反対の抽象に纏綿せられると思惟せざるを得ない。弁証法的基体としての所謂物質は、実は種の一般化であって私の意味に於ける類ではない。……それが個の否定的対立を媒介として類の絶対的統一に止揚せられた特殊即普遍の絶対否定態でないことは明かである。