후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代唯物論講話(げんだいゆいぶつろんこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 251,295자 · 490화면
だが実は唯物論は、フォイエルバハに於ては、之とは殆んど全く異った面貌の下に現われる。彼の思想が唯物論的だと云われる所以は、フォイエルバハによる存在が、精神的なもの・人間的なもの・ではなくて、優れて自然的なものだと考えられている点に存する。存在とは就中自然であり、之を人間の側から説明すれば感性的な存在となる、というのである。ここで唯物論の根拠となるものは生理学的乃至物理学的な特定の事実又は認識にあるのではなくて、存在そのものが有つと考えられる存在の一般的な根本規定に根ざしている。だからこの云わば自然主義的唯物論は、前の生理学的乃至物理学的唯物論に較べて、より広範な・より根柢的な・根拠に立っているのである。――そして実際、予めこういう広い根本的な意味での唯物論に立つのでなければ、一定の生理学的事実も、生理学的唯物論の根拠としては意識されなかっただろう。なる程一寸見ると、一定の事実を根拠として挙げ得ることは、それだけ唯物論を確固なものにするかのように見えるが、夫は併し同時に、唯物論の限界をそれだけ狭める結果を伴うことをも忘れてはならない。例えば吾々の頭脳の脳細胞の作用から独立して運動する社会的歴史的存在乃至文化諸形象は、脳細胞の機能やましてその分泌物として、どうやって説明出来るだろうか。