후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代唯物論講話(げんだいゆいぶつろんこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 251,295자 · 490화면
処でソフィスト達の考えた個人は、個々の個人が他の個人との間に理論の上でも道徳の上でも何等客観的な一致を見出し得ないということこそがその特徴なのであり、それであればこそソフィストはソフィスト(詭弁論者・懐疑論者)の名に値いしたのだから、之は社会から全く切り離された個人、云わば独善的・独我的・な、その意味で又個人主義的な・個人をしか意味しない。そういう点で、ソフィストの自由は、全くの――単なる――個人の自由でしかなかった、と云うのである。
ソフィストの自由はだから又第二に、政治上の自由を意味しなかったということが出来る。なぜなら、政治は当時、個人が奴隷所有者として都市国家に於て営む社会生活のことに他ならなかったが、そうした社会生活から個人生活を引き離して了うことこそ、今云ったソフィスト式独善主義だったからである。個人の自由は、社会に於ける個人の自由の正反対物であり、即ち政治的自由の正反対物であらざるを得なかったのである。ソフィストの自由は、政治的ではなくて単に倫理学的なものでしかなかった。――無論、ソフィストが横行した当時のアテナイは民主主義の最も隆盛な場処であったし、又この民主主義的政治生活の上から、ソフィストの詭弁は最も商品価値の高いものではあったのだが、ソフィスト達自身は政治の方針を説いたのではなかっ