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いやなかんじ
いやな感じ
高見 順
「文学界」1960(昭和35)年1月~1963(昭和38)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 292,113 字 · 587 页
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波子は実際、水でもかぶったみたいにその顔を汗で光らせていた。けなげな光りだった。いやいやながら働くのでなく、自分から進んで働くことを楽しんでいる。そうと告げる健康な光りだった。
濡れたたたきにすっと立った波子は、一週間ほどの東京暮しで、たちまちすーっと背がのびたみたいな高さで、おやと俺をまごつかせた。歯の高いスイゲソ(足駄)をはいていたのだ。前掛けで手をふきふき、
「ねえさん。十分ばかり――お願いします」
言うと前掛けを外し、くるりと丸めて、手早くかたえに置いた。そしてこれも手早く、着崩れを直そうと、浴衣の上前をぐいぐいとひっぱったが、ひっぱりすぎて脇縫が前に回った。
「早く帰ってよ。おかみさんに、あたしが叱られるから……」
足駄の歯をきしませて奥へ行く波子の背に、そう言う女に、
「すみません」
これは俺が言ったのだ。罪もとがもないのら犬を残忍にぶっ殺した俺とは別人のような殊勝さだった。あの残忍によってこの殊勝さが俺のものになったのだとも言えるし、あの残忍を通して殊勝さを取り戻せたのだとも言える。
波子は足駄を駒下駄にかえて出てきた。路地の口で待っていた俺のところへ、波子はいそいそと、そう俺の眼には見える足どりで駈け寄ってきたはいいが、どんと俺の胸に肩をぶっつけた。