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いやなかんじ
いやな感じ
高見 順
「文学界」1960(昭和35)年1月~1963(昭和38)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 292,113 字 · 587 页
ついてはと矢萩は膝を乗り出させると、あぐらの片膝を小刻みに振って、
「満州はカタがついたから、今度は支那だが」
貧乏ゆすりを強めながら、
「それには満州のあの張作霖事件のようなのが支那でもおきにゃいかん……」
「おこさにゃいかん……?」
「君もそう思っとるか」
張作霖の乗っていた特別軍用列車が奉天城外の瀋陽の手前で爆破された事件は昭和三年のことである。張作霖を爆殺した犯人は支那の便衣隊だと日本軍は発表した。しかしあれは日本の特務機関によって企てられた挑発事件らしいという噂は暗々裡に伝わっていた。
「あれに矢萩さんは関係があるんですか」
丸万がこの矢萩を犯人らしいと言った総領事怪死事件は、張作霖事件の翌年のことである。
「張作霖事件のときは、俺は奉天にいた」
矢萩はうす笑いを浮べて、
「奉天でも爆破事件がいろいろおきたもんだ」
そのうす笑いにはさすがに凄味があった。張作霖暗殺事件に呼応するように、奉天の日本人街でも当時、ひんぴんと爆弾の炸裂や投下があったが、いずれも便衣隊の仕業とされていた。しかし中国側は明らかに日本の挑発的策動と見ていた。
「どうだ、俺と支那へ行く気はないか。