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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页
と得石は云った、「それから、手拭を冷やして来てもらおうか」
「まあ、――」女中は初めて気づいたように、彼の顔を見て眼をみはった、「まあひどい、どうなさいました」
「駕籠がぶっつかったんだ、まぬけな駕籠舁きで、向うから二枚でとばして来た駕籠とまともに」彼は右手の拳で左の掌をぴしっと叩いた、「こうぶっつかりゃあがった」
「まあ危ないこと、駕籠にもうっかり乗れませんねえ」と云って女中は立った、「では、ただいますぐに持ってまいります」
女中はまず金盥の水へ手拭を添えて持って来、次に酒肴をはこんで来た。このあいだに、得石は家の中を見たが、部屋数は二た間、そこが六帖で、隣りは四帖半。六帖の窓をあけると川が見えるが、四帖半のほうは雨戸を閉め、屏風をまわした中に夜具が敷いてあった。枕許には絹張りの丸行燈と莨盆や水差まで揃っていた。――水で絞った手拭で眼を冷やしながら、得石は女中を相手に機嫌よく飲んだ。ならず者たちに対する怒りも、かれらを誰が操ったかということも、さっぱりと頭から消えてしまい、いまはただおみのが来ることと、来てからあとの期待とで、じっとしていることができないというようすだった。