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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页
五
「知りてえか」と云って、空になった茶碗を六はみつめた、「まずい酒だ」
そして、その茶碗を膳の上へ抛りだした。汁椀がころげ、皿小鉢が破れて飛んだ。
「おめえ、――」と六は蝶太夫を見た、「中村座の桝屋にいた、佐吉っていう出方を知ってるか」
蝶太夫は黙っていた。
「この正月っから、桝屋をやめたってことは知らねえか」
「そうか」と暫くして蝶太夫は頷いた、「佐吉から聞きだしたのか」
「佐吉は誰かに飼われてるらしいぜ、誰が、なんのために飼ってるか知らねえ、それについてはどうしても口を割らなかったが、――女客と役者なんぞを取り持って来た野郎だから、そんな見当になにか筋がありそうだ、おめえなんぞも気をつけたほうがいいぜ」
五
「佐吉にどこで会った」と蝶太夫が訊いた。
「まずい酒だったな」六はそう云って立ちあがった、「金が出来たら例の仲間部屋へ知らせてくれ、五日だけ待ってやる、今日から数えて五日だ、掛け値なしだぜ」
「まずい酒で悪かったな」と蝶太夫が云った、「こんどふところのあったかいときにはうまい酒を飲ませてやるよ」
六はなにも云わずに出ていった。
出ていった六の暢気そうな鼻唄が聞えなくなると、蝶太夫は肱枕で横になった。