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ごべんのつばき

五瓣の椿

山本 周五郎

「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页

青空文庫

十

「盃がお留守よ」とおみのが云った。

十

「女は子が生みたいと云い続ける」彼は酒をぐっと呷った、「あんまり諄く云われるので、つい治療の度を越しちまった、あのときは私ものぼせてたんでしょうな、それが身ごもってしまったところ、亭主は若いころ病気を患って、医者から子はできない、と云われていたんだそうです」

「嘘か本当かわかりゃしない」と彼は片方の手を振った、「たとえ本当だとしても頑張ればいいのに、女はすぐあやまってしまった、ええ、私のところへ来てそう云ったんです、そのとき女は云いましたよ、――生れて初めて、芯そこからのよろこびを味わった、責め殺されても本望だって」

「そのとき死ぬつもりだったんですね」

「それから十日ばかり経ってからです」

得石は肴を摘もうとして箸を持ったが、手許がきまらず、塩焼きの鯛がむしれないので、すぐに箸を置き、乱暴に酒を呷った。

「女は私の名を出さなかった」と彼は云った、「瓦版が出ましたが、ただ密通としか書いてなかった、お読みになりましたか」

「読まなかったわ」

「書置もなかったんでしょうな、私のところへ、治療にかよっていたことは、もちろんわかっていた、だから亭主は私のことを疑っていたようだが」