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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页
千之助は咳をした。すると格子戸のあく音がした。千之助は「早い」と思った。咳を三度するのがきっかけだと教えた。いま来ては早すぎると思ったが、もうまにあわない、襖をあけておはながはいって来た。茶道具を持って、「ごめん下さい」と云ってはいって来、千之助の脇へ茶道具を置きながら、娘を見て「まあ」と大きな声をあげた。
「まあお珍らしい」とおはなは云った、「いつか門前仲町の店でお眼にかかった、おりうさまじゃあございませんか」
千之助は娘の表情をみつめた。娘の顔は硬ばるようにみえたが、怖れの色も、動揺するけはいもみせなかった。
「わたくしはあなたを知りません」と娘が云った、「人違いをなすっているのでしょう」
「まああんなこと仰しゃって、門前仲町の岡田へ、岸沢のお師匠さんといらしったじゃありませんか、あたしあのとき番で、お二人のお世話をした女中ですよ」
「この女に相違ないか」と千之助が云った。
「ええこの人です」おはなは手をあげて娘を指さした、「あたしの眼に間違いはありません、慥かにこの人です」
千之助は片膝立ちになって、娘の左の手首を掴んだ、「おい、正直に云え、おまえこの女中を知っているだろう」