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ごべんのつばき

五瓣の椿

山本 周五郎

「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页

青空文庫

青木千之助は柳橋の袂に立って、七造が走って来るのを認めた。

「清一はいたか」

七造は息をせきながら手を振り、ふところからずり落ちそうになった十手を、危なく押えて「いません」と云った。

「呼出しの手紙が来て、いましがた帰ったそうです」

「呼出しの手紙」と青木が云った、「しまった、一と足おくれたか」

「どうしましょう」

「おまえはもういい、おれは瓦町を覗いてみよう」

そして彼は走りだした。

――着替えに帰ったかもしれない。

瓦町は一と跨ぎである。女に逢いにゆくとすれば、着替えに寄るということも考えられる。いそげばまにあうかもしれない、彼はそう思って走った。

瓦町の家はさっき訪ねたばかりで、留守のばあやに茶屋を教えられたのであるが、駆け戻ってみると、清一は帰っていなかった。「いいえお帰りになりませんが」とばあやは不安そうに云った、「なにか若旦那に、間違いでもあったのでございますか」

「そうでなければいいと思うが」青木は太息をついた、「――もし帰って来たら、ちょっと須賀町の上総屋へ顔を出すように、いや、当人に咎はない、うっかりすると当人の命にかかわることなんだ、いいな」