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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页
そう思って八丁堀へ帰ると、米沢作馬という同心が待ちかねていて、「また椿の花片です」と云った。千之助は口をあいた。
「殺しか」
「男が殺されて」と米沢が云った、「その枕許に赤い椿の花片が一枚」
「やっぱり、そうか」
「兇器は例の釵で心臓を一と突きだそうです」
「誰かいったか」と千之助はせきこんで訊いた、「場所はどこだ」
「場所は芝の露月町、大和屋という宿屋の二階だそうです」と米沢が答えた、「まだ、どなたもいってはいません、現場に手を付けないように、井田が見張りに当っています、青木さんのお帰りを待っていたんです」
「すぐゆこう、支度をしてくれ」
あの道楽息子め、と千之助は思った。
――きさま自分で招いたことだぞ。あのとき「許婚のような者だ」とか、「私が世話をしている」などと云った。こっちの話をよく聞いて、相手の素姓に疑いをもつだけ頭がはたらいたら、こんなことにはならなかったのだ。
――よっぽど惚れこんでいたんだな。
いい年をしてばかなやつだ。
彼は一人だけ先に、駕籠をとばせながらそう思った。三十四、五にもなり、道楽も相当して来たらしいのに、ばかなやつだと思い、同時に、彼を救えなかった自分の無能をも嘲笑した。