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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页
おしのは佐吉のようすを見た、「――丸梅へいってもらうつもりだったけれど、そんなに酔っててはしようがないわね」
「酔ってやあいません、酔っちゃあいねえが、今夜はあの件をとっくり相談することにしよう」と佐吉は云った、「丸梅は逃げやあしませんよ」
おしのは佐吉の顔を見ながら頷いた。
船に乗ってからも、佐吉は盃をはなさなかった。障子で囲った屋形船の中に、派手な色の蒲団を掛けた置き炬燵があり、燗鍋をのせた小さな火鉢と、酒肴の支度ができていた。佐吉は自分で燗をし、手酌で飲み、肴をつつきながら、おちつかないようすで、絶えまなしに饒舌っていた。
「当ります」
弥太の声がし、ふなばたが土堤をこすって停った。橋ではないらしい、乗るときに橋場へ着けろと云っておいたので、障子をあけてみると、船は土堤の下に着いていた。
「向島です」と佐吉が云った、「長命寺の下のところですよ、こっちのほうがいいと思いましてね」
そして彼は立ちあがり、艫のほうの障子をあけて、弥太になにか囁いた。
――打ち合わせてあったのだ。
あたしが来るまえに、飲みながら打ち合わせておいたのだ、とおしのは思った。