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ごべんのつばき

五瓣の椿

山本 周五郎

「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页

青空文庫

に思えてしかたがないんです」

「女中が来るよ」と彼が囁いた。

女中がはいって来、炬燵蒲団の上へ平の膳を置いた。二人前の汁や鉢や皿の物が並べてあり、源次郎が「あとはいいよ」と云った。女中が去ると、彼は手まめに角樽の酒を片口へ移したり、それを徳利に入れて、燗鍋の中へ立てたりしながら、おしのの気を変えようとしてやっきになった。

「私こそおよねさんに怨みが云いたいよ」と彼は燗鍋の下の炭火をあらけながら、調子を変えて云った、「これだけ長いあいだ逢っていながら、いつもうまく躰を躱されておあずけばかりだ、このあいだの伊賀正のときだってそうだろう」

「あたしの罪じゃありませんわ」

「まさか置いてきぼりとは知らないから、いい気になって飲みながら待っていた、女中の手前だって恥ずかしい、すっかり汗をかいちまったよ」

「あれはあたしの罪じゃなくってよ」とおしのは云った、「出ていってみたらおつるさんていう人、小さな子を二人伴れてしょんぼり立ってるじゃないの、広い土間の隅のところで、片手で五つになる子を抱きよせ、背中の子を肩で揺りながら、頼りなげに立っているのを見たら、どうしてもそのままではおけなかったのよ」