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ごべんのつばき

五瓣の椿

山本 周五郎

「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页

青空文庫

この人は信じてもいい、とおしのは直感した。

「私はほかの人のようなおとりもちができなかったんです」と東蔵は続けた、「それが御機嫌に障って、ずっとお出入りもしていません、お訊きになりたいのはそれだけですか」

おしのはかぶりを振った、「父が死にかかっているんです、それであたし、母を伴れて帰りたいんですけれど、誰かと江ノ島へいったということで」

「そうですか」東蔵は頷いた、「こんなことを云ってはいけないんですが、そういう事情なら申上げましょう、ごしんぞさんの伴れていらしったのは菊太郎という子役で、いったさきは江ノ島ではなく箱根です」

おしのは眼をみはった。

「菊太郎は亀戸のお宅へ引取られていました、亀戸へ帰るのを待つよりしようがないでしょう」と東蔵は云った、「ごしんぞさんもずいぶん御乱行をなさいましたが、菊太郎に捉まったのは災難です、年は明けて十八ですが、あいつは生れながらの悪で、御婦人がたにとっては厄病神のようなやつです」

「あなた、おっ母さんのことをよく知ってらっしゃるの」

「詳しいことは知りません、佐吉さんは昔からごひいきだからよく知っているでしょう」と東蔵は云った、「御病人がそんなふうなら、もうお帰りになるほうがよくはありませんか」