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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页
徳次郎は一石橋まで歩いて辻駕籠をひろい、柳橋へゆくようにと云った。柳橋でおりた彼は、そこでべつの駕籠をみつけ、こんどは神田明神下まで乗った。駕籠をおりて同朋町の通りを歩いてゆくと、左側に泰山堂という筆墨硯問屋がみつかり、徳次郎はその横丁へ曲っていった。――静かなしもたやばかりで、酔っぱらいが一人、ひょろひょろしながら犬に文句を云っていた。その黒斑の小さな犬は気でも違ったように、やかましく吠えたけりながら、酔っぱらいのまわりを廻っており、男はいまにもつんのめりそうな恰好で、自分に吠えかかるのは自分を疑わしい人間とにらんだからであろう、きさまなどに疑われては自分の男が立たない、飼主に掛け合ってやるから案内しろ、などと喚いていた。
徳次郎はその脇をすりぬけ、左側を見てゆくと、黒板塀に格子の門のある家があり、門柱に「籔内流茶道指南喜多尾倫女」と看板の掛っているのをみつけた。――彼はちょっとあたりを見まわしてから、格子をあけて門をはいり、戸口の格子の外から声をかけた。すぐに返辞が聞え、向うの障子をあけて、十七歳ばかりのきれいな小女が出て来た。
「徳次郎という者ですが」