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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页
「大八」では二度、次は堀留の「蔦屋」だろう。いや、「蔦屋」はその次で、三度めは「伊賀梅」だった。
「五月までにななたび、逢う場所も二度以上は続かない」と彼は呟いた、「二度いったのは大八だけで、あとの五たびはみんな違ううちだった」
顔を知られたくないんだな、と彼は思った。
酒肴をふるまわれ、いい機嫌に酔わされて、島村東蔵に仕込まれたかと思うような、年増も及ばないいろけとてくだでひき廻され、しかもお預けをくいっ放しで、また迎えに来られれば尻尾を振って参上する。これでも岸沢蝶太夫か、え、おい、これでも岸沢蝶太夫かよ、と彼は心の中で自分を嘲笑した。
「おい師匠、どこへゆくんだ」とうしろで声がした、「うちへけえるんじゃあねえのか」
彼は立停って振り返り、よろよろした。
「誰だ」と彼は眼をそばめた。
めくら縞の長半纒に三尺、唐桟縞の半纒をひっかけて、素足に麻裏をはき、手拭で頬冠りをした男が、妻楊枝で歯をせせりながらこっちを見ていた。
「うちへけえるんだろう」と男はまた云った、「おめえ路地を通り越しちゃってるぜ」
「おめえ誰だ、松公か」
「まあいいや、うちへいこう」
「おかしなやつだな」