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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页
むささびの六の嘲笑するような声が、耳の奥のほうで聞えた。慥かに、彼も佐吉の取持ちで幾人かの女客と逢った。後家、人妻、娘。年増もあり若いのもあった。たいていは顔つきも思いだせないが、中には覚えている相手も二人や三人はあった。
「だが、それがどうした」と彼は眼をつむったままで記憶にある女を思いうかべながら、居直ったように呟いた、「――桝屋でわけのできた相手は、みんな向うから手を出したんだ、こっちは座敷を勤めただけなんだから、そんなこって因縁をつけられる筋はねえ、おどかすなってんだ」
その呟きには、言葉ほどの強さはなく、彼は眼をあいて起き直った。
「引越しだな」と彼は声に出して云った、「六のやつにうろうろされても迷惑だし、この町内にも長くいすぎた、気を変えるためにも引越すとしよう」
その翌日、蝶太夫は引越しをした。
彼はふところが苦しかった。その月の芝居では「松朝扇うつし絵」という、大切の所作事に出るだけで、前借りが溜っているため、給金も半分止めになっていたし、座敷の数も少なかった。おりうから貰った一両のうち、(これも溜っている)店賃に一分だけ入れ、家財道具のうちごく必要な物を残して、あとはきれいに売ってしまった。