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にんげんひょう

人間豹

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页

青空文庫

もうそうするよりほかに仕方がなかったのだ。

「なにもあやまることはないよ。その事情って、なんだね? もしや、恩田という恐ろしい男の眼をのがれるためではなかったの?」

蘭子はあまりの不意打ちに、もう口もきけなかった。

「ハハハハハ、蘭子さん、驚いたかい、可哀そうに、まっ青になっているじゃないか。ちっとも不思議なことはないんだよ。僕はお前を知り過ぎるほどよく知っているんだもの」

それは確かに男の声であった。お嬢さんが太い男の声で物をいっているのだ。

蘭子は息がつまったようになって、もう身動きさえできなかった。

夢を見ているのかしら、気でも違ったのかしら。こんな変てこなことがあり得るのだろうか。それとも、もしや、もしや……蘭子はヒョイとそれに気がつくと、泣きそうになって、死にもの狂いの声をふりしぼった。

「誰です。あなたは誰です」

「誰でもない。君が会いたがっている男だよ」

頭巾がかなぐり捨てられた。そして、その下から現われたのは、ドス黒い皮膚、骨ばった輪郭、爛々と青くかがやく両眼、赤い唇、牙のような白歯、恩田だ! 人間豹だ!

蘭子はそれを一と眼見ると、何かえたいの知れぬ叫び声を立てながら、ドアの方へ逃げ出そうとした。