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にんげんひょう
人間豹
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页
「おれかね?」
すると男は、相手の苦悩を玩味しながら、ゆっくりゆっくり答えた。
「おれは君のよく御存知の者だよ。ほら、この声に聞き覚えはないかね。ついこのあいだ、君の家の書斎で話し合ったばかりじゃないか」
文代さんは、青ざめて、眼を大きく見ひらいて、だまったままの男の顔を見つめている。
「ハハハハハ、顔が違うというのかね。それじゃ今見せてあげよう。さあ、この顔だ。まさかこの顔を忘れやしまいね」
男は眼を隠していたお釜帽子を叩き捨てるようにぬぐと、顔じゅうに伸びた無精ひげをモリモリと剥ぎ取って行った。
「ああ、恩田……」
文代さんは男のそばを飛びのきながら、悲鳴を上げた。
「わかったかね。その恩田だよ。もう一つの名は人間豹っていうのだそうだね。君たちはうまい名をつけてくれた。フフフフフ、おっと文代さん、逃げようたって逃がしゃしないよ。それから、君がいくら大きな声を立てたって、ここには近所というものがないんだから、なんの役にも立ちやしないよ……気の毒だが観念するほかはあるまいぜ」
醜悪なけだもののくせに、まるで芝居のせりふみたいなことを言いながら、人間豹は身を縮めた餌食の上にジリジリと迫ってきた。