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にんげんひょう
人間豹
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页
蘭子は恩田の恐ろしさをまだ知らなかった。ただ、なんとなくいやらしい男と感じたばかりだ。
「あたし、人違いをしましたの。これをお返しします。そして、もう帰りますわ」
彼女は指環を抜いて卓上に置き、いきなり立ち上がって帰りそうにした。
「だめだめ、その襖には錠前がついているんだ。鍵は僕が持っている。ほしければ鍵を上げないものでもないが、それには条件があるんだよ」
「じゃあ、あたし、ベルを押して、ここの女中さんを呼びますわ」
「呼んだって来やしないよ。君が少しぐらい大きな声を立てたって、誰もこないことになっているんだ」
蘭子は青ざめた顔をゆがめて、もう泣き出しそうになっていた。
「まあ、いいから、そこへ坐りたまえ」
恩田が彼女のそばへ寄りそって、肩に手をまわして、グッとおしつけると、蘭子はクナクナと座蒲団の上にくずおれてしまった。
恩田の大きな両眼は、渋面を作った少女の顔を、飽かず見入りながら、怪しい燐光に輝きはじめた。口は大きくひらいて、夏の日の犬のように、ハッハッと、苦しげにあえいだ。そして、まっ白な鋭い歯のあいだから例の刺のある異様に長い舌が、一匹の無気味な生きもののようにうごめくのが眺められた。