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のぶこ

伸子

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页

青空文庫

それをまるで期待しているわけなの」

「…………」

直子は、そういうところへくると、伸子の心持が見当つかないらしかった。彼女は溜息をついてぼんやり頷いた。

「でも、なぜ私のところへ、こうやって、佃さんは駄目だって云う方ばかり、きて下さるんでしょう……あのひとの方も、こんななのかしら」

伸子は呟いた。

直子はやがて、自分の云うだけのことは云ったという実際家らしさで、袋や手套をかきよせた。

「とにかく、私いつかっから、思っていたことを聞いていただいて、さっぱりしたわ。用いて下さろうと下さるまいと、やはり申してしまわないうちはね」

直子は片手の手套をはめ終ると、

「とんだお邪魔を致しました。ではまたいずれね」

と、伸子の手をとった。

「そう?」

伸子は、何だか変で、間の抜けた返事をした。直子は、しゃんしゃんした足どりで廊下へ出た。

「左様なら」

「さようなら」

直子は、自分の良心的任務を果した、という信念にみちている風で、右手に袋を抱え、左手を振って、廊下を遠のいて行く。――角を曲るまでその後姿を見送って、扉をしめると同時に、伸子は、何ということなく、力無い歪んだ微笑を口のあたりに浮べた。