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のぶこ
伸子
宮本 百合子
「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页
母は、悪意もなく皮肉に云った。
「それはそれは。――宿屋暮しのようで御不自由なことだね」
母に後を向け、小さな盆に湯呑をのせていた伸子は、自分達二人が愧しいような、大きな家の隅っこにいじけてかたまっているような、いやな心持がした。部屋まで数間の廊下、伸子の感情は複雑に動いた。
――そういう経験もあり、彼女は、如露を元の場所に戻し、バケツをとり上げながら、佃に云った。
「私足がよごれたからお風呂場へ廻って行くことよ、先に行ってて頂戴」
伸子は、裏から風呂場へ入った。彼女はタタキで足を洗いながら、時々耳を澄して、自分達の部屋の襖が開くかどうか注意した。ことりともしない。伸子は足を拭いてから、蔵前へ来て声をかけた。
「どうなすって?」
「いますよ」
その返事で、伸子は襖を自分からあけた。
「――さあ、もういいのよ」
佃は、まだ庭に向った敷居際に佇んだまま、顔だけ伸子の方へ向けた。彼の額に陰鬱な横皺が現れていた。迷惑げな、解っていてくれる筈じゃあないか、という訴えが読めた。伸子はその前に近づいて、低い真面目な調子で云った。
「ね、一つ家にいて、御飯の時しか顔を出さないというようなの、何だかよくなくてよ。