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のぶこ

伸子

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页

青空文庫

霧が深くこめて来て、自分達が降りて来たばかりの山巓を振り返っても、もう見えなくなった。

「下は雨でしょうか」

「さあ……風があるから大丈夫だと思うが」

下りの勢いで、歩調を揃えとんとん下りてくるうちに、ポツリと顔に当るものがあった。

「……降り出してよ」

「夕立でしょう」

ポツリ、ポツリ、だんだん雨粒が繁くなって来た。伸子は赤い傘をひろげた。

高い山を覆う雨は、一町ぐらいで上と下との雨量がまるで違った。半分ばかり下りて来ると、もうその辺は大雨であった。赭土道が泥濘になっていた。雷が鳴り、笹の中から亡霊的に突立っている白い死木に稲妻がひろく閃く。伸子はぞっとした。

「この方が早く歩けていい」

佃は伸子の腕を自分の腕にかけさせた。

「もうじきだから、大丸で雨やどりして行きましょうね」

伸子の紅い日傘など、何の役にも立たなかった。透綾の着物が肌まで濡れ徹った。水を吸い込んだ草履が重くふやけ、ビシャッ、ビシャッと、伸子の足の下で泥を跳ね上げた。

「やまなくてよ、これは――雲がどこも切れていないんですもの――本当に、ちょっと大丸によって行きましょう」

「…………」

佃は歩調を速めた。