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てんのう

天皇

蜷川 新

誰が日本民族の主人であるか

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 136,036 字 · 269 页

青空文庫

そのために、明治時代の日本の立憲は、立憲の本旨に反し、はなはだしく奇怪なものであった。天皇はそれを「不磨の大典」と称して、変更をゆるさず、自分だけに変更の権利があるとして、人民をおさえつけた。こうして、天皇とその官吏だけを、強度に利益せしめていたのである。

それのみではない。明治憲法は、天皇を「神聖にして侵すべからず」と定めた。この「神聖」とは、「神」ということではないのであったが、人民は、「神である」と信じるように、政府や教育家によって誘導された。それが「神勅」とむすびつけられて、「迷信国日本」と化し、ついには、禍を日本民族と、東洋および西洋の人類とに、こうむらしめることになったのである。

伊藤博文は、「プロシァと日本とは、おなじような国である。」というのであったか。プロシァ風の憲法ならば、日本におこないうるという伊藤の判断には、いかなる論拠があったのか。伊藤は、ヨーロッパを、当時はじめて見た人である。むかしイギリスに渡ったことはあるけれども、プロシァや東欧は、はじめてにちがいない。右に述べた彼の言論は、まったく聴くにたるものがないのである。フランスを論じるにしても、まったく、聞きかじりであることを示している。