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ようちゅう

妖虫

江戸川 乱歩

「キング」大日本雄弁会講談社、1933(昭和8)年12月~1934(昭和9)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 120,290 字 · 239 页

青空文庫

その肩の一部分丈けが、丁度蝋燭の蔭なので、鼠色の山の様に、大写しになって見えているのだ。

鼠色の肉塊の表面には、一面に鳥肌が立って、そのザラザラした感じが、望遠鏡で見た月世界の景色を聯想させた。又、そこに生えている薄黒い産毛も、一本一本算えることが出来る程、ハッキリと眺められた。肉塊は早い息遣いと共に、まるで地震の様にゆれていた。

もう誰も喋るものはなかった。薄気味の悪い歌も聞えなかった。鳥打帽に青眼鏡の悪人は、雨戸の蔭の月子のすぐうしろに立ちはだかっている気配だが、彼はそこで何をしているのだろう。何か恐ろしい事が起るのだ。その前の一瞬の静けさなのだ。

(今にも! 今にも!)

相川青年の心臓は早鐘の様であった。冷い油汗が腋下をツルツルと流れ落ちるのが分った。

肉塊の小山がグラグラと揺れた。圧し殺した様なうめき声が、物凄く響いた。そして、鼠色の小山の表面を、ドス黒い液体が、産毛の林を倒しながら、ウネウネと、二本の枝河になって流れ落ちるのが、マザマザ眺められた。

肉塊は二本の赤い河を描いたまま、徐々に傾き始めた。そして、難破船が見る見る水面下に没して行く感じで、春川月子の肩先は、雨戸の隙間から消え去った。